読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

アルコール

アルコールと大学生って切っても切れない縁だと思うんですね。

 

私全然アルコール耐性ないんですけど。

 

あ、勿論成人済みですのでご安心を。

 

親とか親戚とかは飲めるので、飲めない家系ではないはず。

寧ろ親たちは大学時代体育会に所属していたので

今の大学生の比ではない位飲みのハードなところにいました。

 

なんで飲めないのかよくわからない。

昔からビールの泡とか日本酒も苦手でした。

ちなみに弟は酒好きになりそうです…。

 

最近は飲めなさすぎるのもつまらないので家でちょっと特訓してます。

ほろよいくらいは飲めるようになったけれど、5%になるともうダメ。

まわりも皆成人して、普通に飲みにいくことができる歳になったので、

少し位飲めないと周りにも申し訳ないしそもそも一緒にごはんとか行けないしなあと

思っています。

 

 

いつも見ていて思うのが、「きっとお酒が飲めたらもっと楽しく話したり、

いろんなことを打ち明けたりできるんだろうな」ということ。

 

飲んでいる人のテンションについて行けず、話題にもついて行けず、

正直話を聞いていてもあんまり楽しくないんです。

だから飲みの場を敬遠してしまったり、話の輪から外れたり。

後にその話題になった時にも全くついて行けなくて、

お酒が飲めないだけで、何でこんなに情報量に差があるんだろう、

周りからの待遇や誘われる頻度も変わるんだろうといつも悲しくなります。

 

でもきっと、アルコールが入ってる人たちはめちゃくちゃ楽しいんですよね。

見てると羨ましくなります。

 

きっとお酒の力を借りて、普段言えないようなことも言えちゃうんだろうな。

 

私は基本的にはポジティブな人間ですが、

いろいろ抱えているものは多い方なんじゃないかと思います。

で、人にあまり甘えられない性格なんですね。

だから普段は腹の底に隠している本音を、お酒で発散させて

重荷を一瞬でも解き放てる人が羨ましくてたまらないです。

 

 

4月 〜コミュニケーションの話とかいろいろ〜

4月は出会いの季節。新しい年度の始まりです。

 

思い返すと、大学入学した頃、頑張ってたなあ。

 

うちの大学では入学式の前にいろいろなガイダンスやTOEICがあって、

その時に近くにいた子に話しかけました。

私は中高一貫校の出身で、新しい友達を作る方法を忘れてしまって、

大学にとても不安を抱いていたのを覚えています。

2人の子が吹奏楽の話をしていて、私も吹奏楽部だったので、その輪に加わってみました。

3人で話していると、私の隣に座った子が私に、「◯◯高校出身?私も!」

とまさかの展開に!!

その日のうちに4人でごはんを食べに行きました。サークルも見に行ったなあ。

あと六大学野球も。

今でも1番よくつるんでいる学科の友人たちです。

 

バイトも始めなければと思って、3月のうちに面接して、

4月にはもう働いていました。

私は国立の後期試験まで受けたので、本当にその頃は行動力あったななんて笑

 

サークルはなかなか決まらなかったんですけどね、吹奏楽やるつもりだったんですけど

書類選考で落とされたので。

でも、今のサークルに自分からメール送ったり、溜まり場に行って話を聞いたり、

誰も知り合いがいない状態でBBQ行ったりしてました。

 

 

すごいな自分。やればできるんだな。

環境が変わるタイミングで発揮される力って、計り知れないものがありますね。

 

 

サークルも、今のサークルで良かったなと思うし。

 

今年はもっと本音を見せられるようになりたいな。

 

私は人見知りが激しくて、環境に慣れるまでに他の人の何倍も時間がかかります。

今のサークルも、本当に楽しくて大好きだけど、

自分が素で皆に接することができているかと言われれば微妙だなと。

私がすぐ人と距離を取ってしまうから、そこは直さなきゃなあ。

最近はだいぶサークル内でも改善されてきた気もするけれど。

新歓とか、コミュニケーションを取らなければならない場面が多いですし。

 

コミュ障という訳ではなく、上手く話せる環境とそうでない環境があるんですよね。

1対1ではまあまあ上手く喋れるんですよ。

でも集団になると無理。ほぼ喋れないんですよね。

話を始めるのも、加わるのもできず、ずっと聞き役に徹してしまう。

よく「聞き上手」なんて言われるのですが、喋れないだけなんだよな。

この原因はまあいろいろ思い当たることがあるのですが、

1つに私の声質と滑舌が問題なんだと思います。

声がとにかく通らない、早口、滑舌が悪い、「ラ行」とか、苦手な音が多いなどなど。

自覚してるんだから何とかするべきですね。

あと「喋っても面白くないときっと周りも思ってる」みたいな、

謎のマイナスな先入観を持ちがちなんですね。

「聞き上手」なのかわかりませんが、聞いたことを受け止めて考えて、

自分なりに返そうと答えが出た時にはもう話題が変わっていることもよくあって、

コミュニケーションって難しいなあと思ってしまいます。

 

そういう話はまた今度しようかな。

上手くコミュニケーションが出来なかったり人を信用できなかったり、

いろいろ自分なりには考察してみたのですが(そういう大学の講義を取ったんです)、

そういうものだと受け入れることも大事だけど、

変わる必要性を感じているなら何とかしなきゃね。

 

最初は「出会いの季節」とか言ってたのにだいぶ話題が変わってしまったけど、

今日はこの辺で。

桜が綺麗な季節。桜って一瞬で散りますよね、儚くて美しい。

 

 

 

 

星野源とブラックミュージック

一応音楽ブログなので音楽の話をしたいところ。

今回は星野源ってすごい!」って話をします。

 

去年12月に発売された『YELLOW DANCER』

音楽雑誌各誌から大絶賛、大好評でした。2015年ベストアルバムに選ばれる程。

セールス面でも好調で、2015年の男性ソロアーティストの売り上げでは1、2を争うものでした。

シングル『SUN』のヒット、年末には紅白歌合戦への出演と、

知名度もこの1年で飛躍的に上がった星野源

 

個人的な話をすると、私は前作『Stranger』の前から彼の音楽が好きでした。

初めて聴いたのは『夢の外へ』で、キャッチーさと明るさ、

星野源の楽しそうな笑顔に持ってかれてしまいました。

まだくも膜下出血で倒れる前の話です。

当時はまだアーティストとしてそれほど知られている訳ではなく、

ひっそり応援していましたが、今ではチケット即完の人気っぷり。

1ファンとしてとても嬉しいです。

 

さて、『YELLOW DANCER』について語る時にしばしば使われる、

「ブラックミュージック」という単語。近年よく使われますね。

どうやら「星野源の楽曲はブラックミュージックを上手く踏襲している」

というのが絶賛されるポイントの1つのようです。

 

「ブラックミュージック」というのは黒人音楽を指す言葉で、

具体的にはジャズ、ヒップホップ、ソウル、ゴスペル、R&Bなどといったもの

 

私は先日さいたまスーパーアリーナ公演を観に行って、圧倒されました。

最高のライブだった…。

そして帰り道でいろいろ考えていて、あることに気が付き驚きました。

星野源の曲でノる時は、基本的に裏拍(あるいは偶数拍)」

 

海外のライブでは裏打ちが基本ですが

日本のアーティストの場合、手を挙げるのも拍手も表拍であることが多いです。

 

ちょっと脱線すると…

日本人は農耕民族で、水田で作業を行う時、主にすり足歩行で作業していました。

力を入れたり、足を上げすぎたりすると沈んでしまいますからね。

すり足というのは日本の伝統芸能、例えば能や歌舞伎にも取り入れられていますが、

日本古来から続くもので、日本人として生まれた以上、

その「すり足」のDNAを受け継いでいます。

海外のロックやダンスミュージックなどはノリを上下で感じたり、ステップを踏んだりしますが、日本ではなかなかそうはいきません。

すり足は安定感がありますが平坦で、動ける範囲は左右。

海外の音楽のノリ方とは真逆です。

 

何やら細かい話をしてしまいましたが、簡単にいうと

「日本人が海外の音楽を取り入れるのは難しい」ということ。

 

それを星野源はやってみせたわけです。

 

私もいろんな記事で「ブラックミュージックとの融合…」と目にしましたが、

実際体感してなるほどと思いました。

 

 

 最近「ブラックミュージックとの融合」と評されるアーティストは多いです。

例えば私も大好きなのですが、Suchmos

 


Suchmos "STAY TUNE" (Official Music Video)

 

めっちゃくちゃクールな音楽だと思います。

 

The fin.もかっこいいですね。

 


The fin.- Night Time

 

これはブラックミュージックというか洋楽ロックですが、

Ykiki Beat


Ykiki Beat - Forever (Official Lyrics Video)

 

洋楽と日本の音楽を組み合わせたような、かっこいい音楽を作るアーティストが非常にたくさん存在していて、とても嬉しいです。

彼らはブラックミュージックをはじめ、海外の音楽を独自の形で取り入れ、

革新的な楽曲を作っているイメージがあります。

簡単に言うと、

聴いた瞬間に「今までなかった!初めてこんな曲聴いた!」

となるような音楽。

 

 

星野源はこういったアーティストとはまたひと味違った形でのアプローチになっているというのが私的の意見です。

 

星野源の音楽は既存の、というと語弊がありますが、

今まで日本で一般的に受け入れられてきたポップミュージックに、

そういった他の音楽を上手く融合させ昇華させていると思います。

だから革新的な要素が全面的に押し出されているというよりも、

日本の音楽の良いところはそのまま守りつつ、

スパイスのようにいろんな音楽を入れている感じですかね。

ジャンルレスでありつつも懐かしみのあるような曲。

そういった楽曲を作る才能や手腕が誰よりも秀でているのが星野源だと思います。

 

 

 

長くなってしまいました。

星野源は今日ちょうど武道館公演が終わり、ツアーも残すところ大阪城ホールだけです。

ちょうどいいタイミングで書き上がったなあ。

ずっと応援しています。

 

では最後に私の大好きな星野源『Week End』の視聴動画を貼っておきます。

この曲はあのアース・ウインド・アンド・ファイアーのような、

ディスコミュージック的ブラスサウンドの入れ方がとても活きていて、

私は聴いた瞬間思わず「すごい…」とこぼしてしまいました。

星野源本人の可愛らしさもよく見えますのでぜひ!

 

 


星野 源 - Week End【星野源と聴く試聴動画】

 

 

 

好きな街

今週のお題「好きな街」

 

私は東京で生まれ、北海道、千葉に住んできました。

北海道は札幌市でしたが、幼い頃なのであまり記憶がないです。

千葉県内では2つの市に住んだことがあります。

千葉県はすごく好きな県なので、今ここに住んでいるのは嬉しいのですが、

「好きな街」というと違うかな…。

 

今ふっと浮かんだのは「豊洲」。

去年初めてライブで豊洲PITに行った時、「すごく住みやすそうな街だな」と

思いました。

歩道が広くて緑もあり、大きなショッピングセンターもあります。

ついこの前、米津玄師さんのライブに行き、

開場までだいぶ時間があったので、あたりを散策していました。

 

f:id:shinjumaru:20160312232205j:plain

 

晴海大橋から撮った写真。とても長い橋です。綺麗な景色。

近くには運動公園のような施設もあり、行く度に住みやすそうな街だなあと思います。

まだ開発途中ですけど、きっと将来もっと賑やかな街になるでしょう。

 

 

「好きな街」と言って思い出すのは、

普段暮らしているところにはない良さがあったり、

特別な思い入れがあったりする場所なのかもしれないですね。

 

 

豊洲は開発途中だからか、「明るい未来」みたいな、

開けたイメージがあって、行くと町並みだけでも何となく元気をもらえます。

大体行く時はライブなので、素晴らしい音楽体験も加わり、

とても良い印象を持って帰っています。

 

 

 

 

音楽

私にとって、「音楽」って何なんだろうとよく考えます。

ここでの「音楽」はどちらかと言えば、聴く方ではなくて自分が演奏する方の話

 

 

有り難いことに、音楽や楽器の経験に関しては恵まれている方だと思います。

 

 

4歳からピアノを習い始めました。自分から習いたいって言ったらしい。

高2まで続けました。

家にアップライトピアノもありますし、今でも弾きます。

ピアノって、大体ショパンとかバッハとか、クラシックが多いけれど、

私は多分あまりクラシックが好きではなかったんだと思う。

だいぶ昔から自分の好きな歌やゲーム音楽耳コピしたりしていました。

絶対音感があるとは言い切れませんが、相対音感なら間違いなくあります。

小学校の音楽祭や全校朝会、卒業式ではよく伴奏もしていました。

中学の合唱祭もやってたな、合唱祭の委員会もやりました。

高校の文化祭ではゲーム音楽のメドレー作って吹奏楽アレンジして演奏したり。

 

前後しますが、ピアノだけではないです。

小学4年から吹奏楽部に入り、トロンボーンを3年間やりました。

本当はトランペットをやりたかったんですけどね。

まあここでの3年間は、人間関係は正直最悪だったけれど、

楽器を練習するのは楽しかったし、ソロを任せてもらえた時は嬉しかった。

 

中学に入って、同じく吹奏楽部に入りました。

卒業する時、顧問の音楽の先生に、「中学に行っても続けなさい」と言われたので、

トロンボーンをやりたかったんです、どうしても。

他の選択肢を考えていない位。

希望パートの欄、第二希望も第三希望も特になかったから、

小学生の時に書いたのと同じでいいやと思って軽い気持ちでパーカス、ホルンと書きました。

そしたらパーカスになっちゃった。確かパーカス希望者が少なかったからだったと思います。

ショックでした。嘘だと思いたかった。何より、小学校の先生や親にも、

「中学でも続ける」と思われていたから。私自身ももっと上手くなりたいと思っていたから。

後から聞いた話ですが、親は、中学でも続けるなら楽器が必要だろうと思って、

どれくらいお金がかかるかこっそり調べてくれてたみたいです。

周りの期待を裏切ったような形になってしまって苦しかった。

 

でもそんな葛藤もすぐ終わりました。パーカッション=打楽器の楽しさに

すぐに取り付かれてしまいました。単純なやつだ笑

自主的な朝練も放課後の練習も毎日行きました。

パーカスだから決まった自分の楽器があるわけではなく、

普段の練習は練習台とスティック、メトロノーム教則本を使ったものが多く、

楽器を触れる機会は他の楽器に比べて限られていました。

と言っても私の学校は中高一貫の私立だったので、だいぶ恵まれてはいましたね。

地味な基礎練だろうが、楽器の個人練習だろうが、合奏だろうが、

全てが純粋に楽しかった。

いろんな楽器を体験できるのもパーカスのいいところで、

なかなか普通に生活していたらできないような5年間を過ごしたと思います。

 

大学に入って、吹奏楽を続けたかったのですが、書類選考で落とされました。

もうどんな形でもいいから音楽を続けたい、今までやってきた楽器のスキルを

出来るだけ劣化させないような環境に身を置きたい。

そう思って、主な新歓期間が終わっても受け入れてくれる今の軽音サークルに入りました。好きな音楽は軽音寄りだったので、いいかなと思って。

私はあくまで吹奏楽のパーカッションの一環としてドラムをやっていたので、

軽音で適応していけるのかわかりませんでしたが、

有り難いことに何とかやっていけてます。

今まで憧れていたギターやベースを経験することもできるし、

キーボードとしてピアノで学んだことを活かすこともできます。

アレンジや打ち込みなど、新しくいろんな技術を独学ですが学んでいます。

 

 

私の音楽経歴を話したところで、私にとって音楽って何なんだろうって話題に戻ります。

振り返ると、ほとんど自分の希望が通らない状況でやってたんだなあと思いました。

前にライブに行った時、Aqua Timezの太志さんが「音楽の神様がいるなら」って話をしていたけれど、間違いなく私は音楽の神様に見捨てられてる。

実際、私の家系はかなり体育会系で、親戚一同の中では初の文化クラブ所属っていうレベルです。だから元からそういう才があったわけでも環境がそうだったわけでも全くない。

 

じゃあ何で続けて来たんだろう。これからも続けたいって思うんだろう。

 

私の性格が頑固なのはかなり大きいと思います。好きな言葉は「初志貫徹」ですからね。

「途中で投げ出すのはかっこ悪い。あきらめるのはダメだ。」

常に思ってます。

 

そして他にも思い当たることがあります。

 

音楽をやること、楽器を演奏することは、私の承認欲求を満たすことであり、

自己肯定感に繋がるものだったのかもしれません。

 

先程書いたように、私の家系は体育会系なので、楽器を演奏できる人はあまりいません。

だから少しピアノが弾けるだけでも褒められる。

部活の一員として演奏会に出たり、コンクールのメンバーになったりすると

必ず親や祖父母は観にきてくれます。

小学校の時の伴奏やピアノの発表会では、親戚は勿論、友達のご家族からお褒めの言葉をもらうこともよくありました。

 

今もそうです。ドラム人口が少ないから皆からバンドに誘ってもらえる、

吹奏楽部時代に大方の基礎は習得しているし譜読みやイメトレもして練習に臨むから、ある程度は信頼してもらえる。

打ち込みや編集の経験がある、数少ないサークル員だからそれなりの需要がある。

 

音楽をやっていれば、親、親戚、友達、知り合い、誰かに認めてもらえた。

認めてもらうことによって自分の自信にもなっていました。

スポーツはあまり得意ではなく、勉強もすごくできるという訳ではなかった私にとって、

1番自分が自分らしくいるために、頼っていたものが音楽だったなあと思います。

 

高校生の時、音大に行かないかと何度か言われましたが、断りました。

お金がかかるというのが1番初めに浮かびました。

そしてクラシックを演奏するよりも、自力で試行錯誤しながら

新しいことをやっていきたいと思う方が強かったのもあります。

時々オーケストラ部にヘルプで参加していたので、

クラシックを演奏する楽しさもとてもよくわかるのですけど。

実際は大学に入ってまた吹奏楽に傾いたのですが、

入団拒否され、辿り着いた今の場所は自分がその時理想としていた場所に

近いのではないかなとぼんやり思っています。

今は好きな音楽を好きなやり方で好きなようにできる、その楽しさを知った気がします。

承認欲求や自己肯定感の話、今の楽しさの話も含めて、

もし音大に行っていたら体験し得なかったものだろうと思います。

まあそれはそれで新しい発見があるかもしれませんが、

私は今の場所にいることができて良かったなあなんて考えてます。

 

 

最後

昨日までサークルの合宿に行っていました。

練習三昧だったけど、皆と過ごすのはとても楽しかったです。

 

私は今大学2年で、あと9か月後にはこのサークルを引退します。

これからの行事はすべて「最後」なんですよね。

この春合宿ももう最後だったんだな。もう来ることはないんだな。

合宿という行事も、あと夏1回しかないんだな。

そう思うと少し寂しくなります。

 

 

歳をとるということは「最後」が増えることなんだなとつくづく思います。

ちょっと大袈裟で、20歳の私が言うなよって感じかもしれないですけど。

今までずっと、「初めて」が多かったから余計に思うんでしょうね。

初めて電車通学をしたり、初めて家ではないところで友達と1日過ごしたり、

20歳までにはそれはもう数えきれないほど「初めて」が溢れています。

勿論この先にもたくさんの「初めて」があると思います。

初めての通勤、飲み会、結婚式とかもそうですね。

でも年齢を重ねるとその頻度は下がる。既にいろいろな体験をしているから。

代わりに「最後」が増えて行く。

 

「最後」ってとても強い言葉ですよね。

「私たちにとって、最後の◯◯だから」と言われると、

大事にしなきゃ全力でやらなきゃと強く思わされます。

本当は毎回大切にしていかなければならないんですけどね、

最初だろうが最後だろうが3回目だろうが。

 

そしてこれから私たちはそういう「最後」という言葉が持つ強さを武器にして

活動するんだろうな。

 

でも、究極的なことを言ってしまえば、すべてが最初であり最後なのであって、

いちいち「これが最後だ」なんてこだわってたらきりがないのかなとも。

だって2年生で体験する合宿だって1回しかないわけだし、同じ時間が過ごせることなんて当たり前だけどないから。

 

「最後」という言葉によってそれが大切にできるならそれでいいのかもしれないけれど、

すべての時を大切にしていくべきだったんだなと思うし、これからはよりそうして行きたいなと、漠然と思いました。

 

 

ノスタルジー

久々です。こんばんは。

 

昨日までサークルの追いコン関連で忙しかったので、やっと更新できます。

 

追いコンが終わって、文字通り語り明かしていたのですが、

そこでの話はなかなか深くて面白かったです。

話題が次から次へと移っていったので、何の流れで出てきたのかは忘れてしまったのですが、「ノスタルジー」の話になりました。

 

「ノスタルジー」って、郷愁とか懐旧の念という意味ですが、

この言葉を聴くと思い出す歌詞があるんです。

 

 

幼い頃の魔法 心で唱えたら 安らげることもあるけど

 

 

スピッツ『ビギナー』という曲です。

 


スピッツ - 「ビギナー」(「とげまる20102011」より)

 

 

子どもの頃信じていたもの、大切だったもの。

大人になると大したことないと気付いてしまう。

でも心の中に大切にとってある、意味はないとわかりながら。

「安らげることもあるけど」、それでは現実は変わらない。

いろんな経験をして、現実を知ってしまったから、「魔法」はもう効かない。

 

「昔にすがっているばかりではなく、前を向いて動く」

というニュアンスが強い歌詞だと思うのですが、

「幼い頃」の「魔法」を覚えている人じゃないと書けない歌詞でもありますね。

草野さんはやっぱりすごい。

 

私が常々思っていることは、「子ども心を忘れない大人になりたい」ということです。

例えばおみくじを引いて、大吉が出て喜んでるところに、

「お金払ってんだから、大吉の割合が高いに決まってるでしょ」

とか、そういう夢をぶち壊すことを言わない人間になりたい。

好きな音楽の話をしても、「そう。でも今はCDが売れないから大変ね。」とか

「そんなライブやるのにお金どんだけかかってんだろうね。」とか言わない人。

人の楽しみを阻害しない人。一緒にわくわくできる人。

子どもの頃の方が、いろんな感情があると思うんです。

小さなことでも楽しめるし、反対に悲しくもなれる。

 

私にとって、「物をなくす」ということがとても恐怖で、悲しいことでした。

多分親に「物は大切にしなさい」と教えられたからでしょう。

一種のアニミズム的感覚なのですが、物に命があるように思ってしまう。

ハンカチとか消しゴムとか鉛筆とか、大人になってからは大したことのないなくしものでも、

当時の私にとっては大事件でした。

「学校に置いてきちゃったのかな?夜1人なのはかわいそう。怖いだろうな」

とか考え出すと止まらない。

今バイトで小学生と接する機会があるのですが、

掃除をする時に落ちている消しゴムとか鉛筆キャップとか、

絶対に捨てられないです。当時の自分を思い出してしまいます。

 

大人になると、そういう感性自体は鈍っていくものだと思います。

それは仕方がないことなのかも。

厳しい社会で生きていかなければならないんですからね。

でも、ふとしたきっかけで、昔の感性を思い出すことってある。

それを大切にしたいなあと。

「そんなくだらないもの」と一蹴しない人間でありたいです。