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変わったけど変わらないのか、変わらないけど変わったのか。

昨日『Butterflies』の記事を書いてからTwitterやいろんな方のブログを見て思ったこと。

 

 

「変わったけど変わらない」のか、「変わらないけど変わった」のか。

文法的に逆接の重点はどちらも等しいのですが、受けるイメージが変わる。

 

推測でしかないけれど、後半にくるのが最終的な印象なんじゃないかな。

 

 

私は変わらないところがたくさんあるなと感じました。

というのも、多分私はかなり変化に柔軟な方だと思うんです。

だから変化どうこうよりも変わらないところについつい目が、耳がいってしまう。

「あ、ここは昔と変わらないなあ」とか無意識に考えてしまう。

それは、変化を望まないから昔に固執しているというものではないです。

寧ろ「変化Welcome!」っていうスタンスで音楽を聴いてますので。

 

 

 

BUMPを聴いている人たちの中では、

特に「変わった」「変わらない」がしばしば話題になっている。

それは本人たちも言及していることだから当然です、すごく面白い話だと思います。

 

私はBUMPに限って言えば、好きになったのが割と最近だというのもあります。

初めて買ったオリジナルアルバムが『RAY』でしたし、

過去の名曲を網羅したベストアルバムの存在に非常に助けられた人間です。

つまり、私自身は「変化していくBUMP」を好きになったということなんですね。

昔の曲は昔の曲ですごく良い、でも変化、進化していくBUMPも当然のように良い。

 

 

一方、それこそ初期の頃から聴いている人にとってはこの変化をどう思うんだろう。

受け入れられないものがあるのかもしれない。

 

 

ここで「変化論」否定派に対するテンプレ解答。

変わるのは当たり前のことです。ずっと同じところにいたってつまらない。

変わらないことを望むのはわかるし、変化を受け入れることは確かに時間がかかることだけど、それじゃいつまで経っても前に進めないんだよ。

 

まあその通りなんです、わかりきってることなんです多分。

なんでちょっと違う話をしますね。

 

 

 私が常々思うのは、「昔と今を比べることってどうなんだろう」ということです。

よく言うじゃないですか、「昔は良かった」って。

「今の若者は…」って言葉もその類でしょうが、これにはどんな印象を受けますか?

 

多分、今と昔って比較することができないものだと思うんです。

人間の成長に例えるなら、「5歳の頃と20歳になってから、どっちが良かった」なんて言えない。

5歳の頃は園庭で走り回ってるだけで何も考えなくて良かった。

20歳はいろんな楽しみを知ったし、友達もできたしそれはそれで良い。お酒だって飲めます。

どっちが良いとは一概に決められないと思うんです。

で、仮に5歳に戻りたいって言ったって戻れない。

 

同じように考えると、昔と今、どちらの音楽が、バンドがいいかなんてことはそもそも比較できないんじゃないか。

曲という「もの」が介在する以上、人間と同様に考えるというわけにはいかないかもしれませんが、

恐らくそこにあるのは善し悪しではなくて「好み」です。

 

 

そしてこれは往々にしてあることですが、大体過去は美化されてます。

全く悪いことではないです。みんなそうです。

 

 

あとこれは私がよく言うことなのですが、

「変わったのは自分自身だ」ということ。

(…ん?ベボベの歌詞っぽくなった?)

 

ちょっと持論。

変化のしかたって無限だと思います。

それは自分も、あなたも、あの人も、皆そうです。

そして自分の変化と他の人の変化が同じベクトルなんてことはあり得ない。

だから、自分と他の人がそれぞれ変わってできた差に

違和感を覚えるのは当たり前のことなんです。

もしかしたらあの時は偶然同じ座標にいたかもしれないけれど、

1秒後には全然違う方を向いているかもしれない。

同じ座標にいた時のことを懐古するのも固執するのも自由だけど、

相手をそこに固定させることは絶対にできない。

だから差が生じて困惑したり考え込んだりするんです。

 

きっと「変わったけど変わらない」というのは

その差を当然のものとして受け入れた上での感想なんだと思います。

「変わらないけど変わった」というのは

その差に気付いたから生まれた感想なんだと思います。

 

 

なんか自分で書いててもよくわからない。

でもどちらが良いというわけではないのは事実です。